「自由ですけどなにか?」

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   20161124225755ぽんかも(妻)の記事  かさご(夫)の記事

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<リオ五輪 現地情報 > ファベーラ(スラム街)の捉え方

こんにちは!かさご(夫)です!

 

リオオリンピックも大盛り上がりですね!日本も数々のメダルを獲得し、ブラジルでも話題に上っています!

 

さて、今までリオ観光における注意点をいろいろと挙げてきましたが、そのなかで何度も登場したのがファベーラの存在

 

確かに犯罪も多く、時には銃撃戦もありますが(今朝もバスターミナル付近でありました)、そもそもなぜこんなファベーラが存在するのか。それを説明する人はなかなかいないと思います。

 

そこで!今日はブラジル留学でブラジルの歴史もみっちり勉強した(させられた)僕が、ちょっと歴史的な面からわかりやすく説明したいと思います。

 

確かに現在ファベーラは一般的に恐れられる場所ですが、実はブラジルの歴史を紐解くと、ブラジルの社会・歴史をよーく象徴する場所なんです

 

ということで、今日は歴史の授業!笑

 

 

ファベーラの始まりと、黒人奴隷の存在

 

ファベーラの歴史を語る上で外せないのが、黒人奴隷の存在ご存じの通りアフリカから数多くの黒人奴隷がラテンアメリカに連れられ、ヨーロッパ人支配のもと、過酷な労働を強いられていました。

 

そんな悲しい歴史がブラジルで終了したのは1888年。当時の国王により奴隷解放宣言が出され、彼らは「自由」の身を手にしたのです。

 

もともと富豪の欧米人に仕えていた黒人奴隷。まず何が起きるかと言うと、家がないですよね?でももちろん家を買うお金もない。

 

そこで彼らは、誰も住んでいないリオの丘を切り開いて、斜面に自分達で家を作ったんです。

 

当時国内の反乱鎮圧に駆り出されていた黒人奴隷たちもリオに戻るや、同じような状況に遭遇し、こうしてリオの丘は数多くの「不法住居」で埋まったのです。

 

これがいまやリオ市内だけで760もあるとされるファベーラの始まり

 

ちなみに最初のファベーラであるプロヴィデンシアはこんな感じでした

 

f:id:ponkamo:20160812225307j:plain

<出典:globo.com>

 

 

ファベーラで育まれた音楽 サンバ

 

そんなファベーラでは黒人が多かったことから、数多くのアフロ系文化が育まれました。その中のひとつが、サンバ

 

アフロ系の音楽要素とブラジルに根付いていた音楽が混じり合い、サンバという新しい音楽ジャンルが形成されたのです。

 

いまやブラジルを代表する音楽とも言えるサンバ。かの有名なリオのカーニバルでは数多くのサンバチームが勝敗を競いますが、今でもその多くがファベーラの地区にあるチームなのです。

 

ファベーラはブラジルの恥だと言う人たちがいる一方、ファベーラで育まれた音楽がブラジルを象徴する。なんとも皮肉な話ですね。

 

 

ファベーラと犯罪

 

ではなぜファベーラが犯罪の温床となったのか。その始まりは諸説ありますが、主に1970年代にピークを迎えたブラジルの軍事政権(1964-1985)が関係してきます。

 

軍政は社会に経済的に貢献しない者を悪とし、ファベーラを撤去する運動を始めました。もちろん彼らは反対。軍政はファベーラに押し入り、ギャング制圧という名のもと、数多くの住民が犠牲になったと言われています。

 

こうしてファベーラと警察の対立関係が深刻化していきました。

 

 

ファベーラの内側って?

 

僕自身はファベーラには入ったことがないので、ここからはファベーラについて一般的に言われていることをまとめます。

 

ファベーラには、トップに立つバンジード(ギャング)がいます。彼らは主に麻薬の取引やギャンブルなどで富を得て、ファベーラの生活基盤を支えます。

 

例えば電気は公共の電線を引っ張ってきた盗電。こうした生活の基盤を整えてくれることから、住民達はトップを崇めると一般的に言われています。こうして彼らは独自の「コミュニティ」を形成し、市や政府の秩序を介さない、いわば治外法権的な共同体となっています。

 

また、ファベーラの中自体は、治安が良いとも言われています。なぜならファベーラ内で犯罪をおかす者は、トップによって処刑されるから。ファベーラの中では鍵をかけないお家も多いんだとか。

 

しかしながら、もちろん麻薬取引によるコミュニティ同士での抗争、犯罪を制圧しようとする警察との抗争があるのも事実。これがファベーラが危険だと言われる所以です。現在でもこうした銃撃戦はなかなか後を経ちません。

 

そしてこうした抗争から、それぞれのファベーラには見張り役がいて、部外者が許可なく入ろうとすると射殺されるという話も。

 

これが観光客が容易にファベーラに近づいてはならない理由です。行きたいかたは必ずツアーで行ってくださいね。

 

この状況は誰のせい?

 

非常に簡潔にまとめてみましたが、いかがでしたでしょうか?犯罪や危険と連想されるファベーラ。もちろん事実でもあるのですが、こうしてブラジルの歴史をちょっと読み解くと、ブラジルの歴史が、そして世界の歴史が産み出した遺産なんだなってことがよく分かると思います。

 

今回も数多くのヨーロッパ人が、リオの治安や衛生面を嘆いています。参加を見送ったアスリートさえたくさんいますし、国によっては競技団体として不参加を表明した国もありますね。

 

この歴史を知ったいま、彼らの態度をどう感じるでしょうか?

 

そしてもしこの状況に責任があるとしたら、誰のせいなのでしょうか?

 

 

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ファベーラに押し入る警察部隊

<出典:globo.com>

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました!