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2020東京・2024パリ・2028LAから考えるべきオリンピックの存在意義<ぶっこみコラム>

こんにちは!かさご(夫)です

 

気がつけば8月ですね!自由な暮らしを始めてから、時の流れが本当に早いこと。やっぱり楽しいことばかりしていると、時間の流れは早いですね。好きな教科の授業はあっという間に、嫌いな授業は永遠に思えた子供のころと一緒。

 

さて、今日は<ぶっこみコラム>という、ちょっぴり社会派なコーナーをデビューさせるべく、オリンピックについて考えたいと思います。2020年の東京に引き続き、パリ・LAと決まったばかりですが、そこから僕らが「ちょっと待てよ」と一旦立ち止まって考えるべきお話をしたいと思います。

 

 こんな自由人にも、こんなまじめな内容が書けるのか!と思っていただければ幸いです(笑)

 

 

オリンピックがもたらすのは好景気?不景気?

 

「平和の祭典」とは言っておきながらも、開催都市や政府が一番考えていることはおそらくこれでしょう。一時的に海外からの訪問客が増えることによる特需と、誘致や建設などにかかる総費用(数兆円と言われています)。結局のところ収支バランスがどうなのという話。

 

「オリンピックによって好景気を!」という陳腐なコメントはいろんな議員から飽きるほど聞きましたが、まず仮にこの説を信じてみることにします。だとしたらこの開催都市の羅列は、果たして「平和」につながるんでしょうか?

 

何が言いたいかというと、東京・パリ・LAなんて、世界的に見てもトップクラスの経済都市ですよね?もしオリンピックが本当に好景気をもたらすのなら、こんな経済トップクラスの都市ばかりでやって、何の意味があるんでしょうか?もっと経済成長を必要としている国々(アフリカとか中東とかアジアとか)でやるべきではないでしょうか?ただただ経済格差を広げていくだけのイベントが「平和の祭典」とは、ちょっと皮肉ですよね。

 

 

オリンピックがもたらすのはやっぱり不景気?

 

かつては数多くの都市が立候補していたオリンピックですが、年々減少傾向にあるそうです。そしてなんと今回の2024年、2028年に関しては、立候補していた都市がパリとLAの2つだけだったから、仲良く分け合いましょうねというのが実態。

 

おそらくほとんどの国は気づいているようです。「オリンピックによって好景気を!」なんていう言葉が、全くの虚構であること。もっと言えば、オリンピックなんてやるだけ損だ、ということ。(経済的な話)

 

実際、去年僕らも現地で目にしてきたリオオリンピック。わずか1ヶ月のお祭りのために建てられたスタジアムなどの施設はいまや誰も利用しない「お化け屋敷」と化し、マンションとして販売予定だった選手村もガーラガラ。1ヶ月間使うだけ使って、あとはゴミと化している施設が山のようにあります。

 

ちなみにブラジルは、いま未曾有の不景気に見舞われ、国は大混乱状態。公務員の給与も滞納され、街中で貧困による犯罪が増加しています。これもオリンピックの影響と考えるのが、いまのブラジル国民の世論です。

 

あれだけ必死になって建設したスタジアムや体育館も、もう荒れ放題

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(出展:El Confidencial)

Juegos Olímpicos Río 2016: La absurda ciudad fantasma que hoy son las instalaciones olímpicas de Río: ¡Vergüenza!. Noticias de Juegos Olímpicos

 

ちなみにもっとひどいのが、2004年にオリンピックを開催したアテネ

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(出展:Awebic)

Os locais da Olimpíada em Atenas parecem uma cidade-fantasma. Agora eu me preocupo com o Rio.

           ↑

言語はポルトガル語になっていますが、ほかにも衝撃的な写真がたくさんありますので、ぜひ見てください!

 

 

現在のオリンピックの現状から抜け出すための解決策

 

こんなにも「お化け屋敷」のような施設ばかりが残り、開催都市が経済的に何の得もしないオリンピック。この状況が続けば、オリンピックは世界的な「お荷物」になりかねません。

 

ではどうしたらいいか。解決策が1つだけあります。(かさご調べ)

 

それはIOCがスタジアム等の規定項目を、もっと緩和すること!

 

オリンピックをやるたびに開催都市がスタジアムや体育館などの施設を建設しなきゃいけない理由が、このIOCによる厄介な規定です。スタジアムの大きさは~とか、屋根は全体の何%~とか、収容人数は~とか。

 

東京がわざわざ伝統や記憶のたっぷり詰まった国立競技場を破壊したのも、このIOCの規定に適っていなかったというのが最大の原因でした。その後の「新国立競技場」をめぐっては、デザインを何度も途中で変えたり、工事を幾度とやり直したり、挙句の果てに建設に携わった若い男性を過労死させたり。はっきり言って「新国立競技場」建設自体、とっても馬鹿げています。

 

だとしたら、もうこういった規定を一気に緩くすればいいんです。もうその都市に現状としてある施設を使いましょうねという話。大きなものがなければ大学の体育館でも小学校の校庭でもOK。そういった「今あるものから工夫を凝らして完成させたオリンピック」の方が、新品ばかりを重視するオリンピックよりよっぽど素敵です。

 

そうすればオリンピックの開催経費が一気に減って、開催都市は訪問客で潤う。経済成長を必要としている国々でも開催が容易になる!

 

1896年のアテネ(第1回)とか、1900年のパリ(第2回)とかの環境や施設などを考えれば、2020年の「発展途上国」に出来ない訳はないんです。

 

 

オリンピック自体、無くしてしまおうという考え。

 

そしてもう究極の案が、もうオリンピック自体やめない?というオリンピック廃止案。いまのオリンピックの現状が続くなら、正直なところ僕もこの考えに同意です。

 

オリンピックを無くしたら選手の活躍する舞台がなくなるじゃないか!

 

いや、ありますよね?サッカーにはワールドカップが、野球にはWBCがあるように、どの競技にも必ずといっていいほど世界大会はあります。世界水泳もあれば世界陸上もある。そして皮肉なことにワールドカップとかWBCとかはオリンピックなんかよりもはるかに盛り上がるし、ファンも選手も重要視してる。

 

だとしたら、もうオリンピックやる意味ってないんじゃない?

 

「国の威信を懸けて」とかよくメディアは囃し立てるけど、いやいや「平和の祭典」じゃなかったの?挙句の果てに国同士で揉めて乱闘して。もちろんオリンピックに限った話ではないけど、そうなるとそもそもスポーツの意味って・・・?ってなっちゃいますよね。

 

 

2020年を前にして、オリンピックについて考える時期が来たようだ。

 

というわけで、東京・パリ・LAという「華麗キャスティング」が決まったいま、オリンピックについて考えてみました。

 

ちなみに第一回のオリンピックは1896年なので、オリンピックの歴史は約120年。「伝統」として継続していくべきか、「時代の流れ」で変えていくべきか、はたまた廃止すべきか。オリンピックに限らず、何事も一緒ですね。

 

皆さんはオリンピックについてどう思いますか?

 

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開催1週間前にしてのーんびり工事するブラジルの作業員。ブラジル人のこういうマイペースなところは大好きだ。

 

 

 

あわせて読みたい記事はこちら~

 

travellingplatypus.hatenablog.com

 
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スーツケース1台の暮らし ~「日本ジプシー生活」の引越しの実態を公開!~

こんにちは!かさご(夫)です

 

なんと気づけば4週間ぶりの更新となってしまいました。バタバタしていたような遊んでばっかりいたような、そんなこんなしている間にあっという間に1ヶ月。こうして更新していない間もたくさんのアクセスをいただき、ありがとうございます!

 

さてさて、現在の僕らはと言いますと、岡山県での田舎暮らしを終え、今度は長野県へとやってきました!移住地を探してさすらう「日本ジプシー生活」も、これで4箇所目。途中にはいっぱいぶらり旅もして、本当にたくさんの街を見てきましたが、そろそろ移住先の答えが出たような気もしたりしなかったり・・・。「今年中に移住先を決めてから海外に行く!」という目標は、なんとか達成できそうです◎

 

まぁそれはさておき、今日はそんな僕らの「引越し」について。岡山から長野までは大阪を経由しての移動だったのですが、そんな僕らの「引越し」の実態をお話したいと思います!

 

 

「持たない暮らし」の究極版!スーツケース1つの生活はこんな感じ

 

岡山県から長野県への「引越し」。通常だったら引越しの大型トラックに荷物を積んでの大移動を想像されるかと思いますが、僕らの引越しはこんな感じです

 

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<引越しの持ち物リスト>

・スーツケース(小型)1つ

・バックパック(約30リットル)1つ

・ショルダーバッッグ(タブレットが入るくらいのサイズ)1つ

                 

以上!

 

ぽんかも(妻)も同じセットを持って移動です。もちろんトラックなんかを手配する必要は全くなく、新幹線とか特急とかに乗って、小旅行気分でのお引越し。

 

極めるつもりはありませんが、「持たない暮らし」をなんとなく進めていると、引越しもこんな感じになります。

 

 

物を減らして、身軽な生活へ!

 

そんな荷物少なくて、逆に何を持ち歩いているの?という質問をよく受けますが、「生活に必要なもの」です。食料とかは必要最低限だけにして足りないものは現地で買い足すし、海外旅行のガイドブックによく載っている「持ち物リスト」みたいなものに近いかもしれません。

 

逆に大きな家具は、去年の引越しの際に全部処分しました。ちょうど引越しのタイミングがかぶった友人にあげたり、それでも必要ないものは粗大ごみ。お気に入りのタンスとちゃぶ台だけは実家に保管していますが、家具という家具は本当にそれくらいです。

 

もともと荷物も少ないので、東京に住んでいるときに1回だけした引越しも、確か1万円ちょっとで済んだ気がします。もちろん距離が近かったというのもありますが、荷物は少なく少なくを意識していくと、とにかく移動が楽チンです!

 

 

「持たない暮らし」の天敵。「いつか使う」という発想

 

そんな「持たない暮らし」を実践中の僕らですが、おそらくそれぞれの家庭が反面教師になっていたところが大きいと思います。いずれの家も、もともと荷物は多め。と言うか多い。たぶん家にあるものの2~3割しか使っていないような感じでした。

 

子供のころからよく聞いていた「いつか使うから」という言葉。「もったいない」という言葉と紙一重の言葉ですが、この言葉こそ「持たない暮らし」の天敵です。経験上、「いつか使う」は、95%使いません。5%くらいの確立で、確かに使うことがあります。

 

でも、その5%のためだけに、自宅のスペースが常に埋まってしまうのはどうでしょうか?はっきり言って、その5%のために「片付けられない暮らし」とか「ものが多い暮らし」をするなら、いっそのこと全部捨てて、必要になったらその都度買う暮らしのほうが、家が広々して気持ち良いし、はるかに良いと思うのです。

 

それでもものを捨てるのがもったいないという考えがどうしても抜けなければ、メルカリとか販売タイプのアプリを活用しない手はないと思います。お小遣いにもなって部屋が広くなるなら、一石二鳥ですよね!

 

 

「持たない暮らし」で、部屋にも心にもゆとりを!

 

ということで、今日はスーツケース1台の暮らしをしている僕らの引越しを紹介しました。ものを持たない暮らし、ここ数年世の中でも流行っている感じがしますが、おそらくめまぐるしく物が動く大量消費社会に人々が嫌気が差した結果が、一つのムーブメントになったのかなという印象を受けます。

 

自分の持ち物を絞っていって、大切なものを長ーく使う。そんな暮らしを目指したら、必然と心にもゆとりが生まれてくるのかな。

 

そんなことを考えながら、明日もまたへそ曲がり夫婦は歩んでいきます!

 

それではまた次回!

 

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久しぶりにうちのカモ!よりみちで姫路城に行ったら大変気に入ったご様子。

28歳の僕が「スマホどころか携帯を持たない暮らし」を選んだわけ

こんにちは!かさご(夫)です

 

さて、今日は3回続けた旅シリーズは一回お休みして、前回の記事でちょろっと触れた「僕と携帯電話」について。

 

誰でもスマホを持っているこの時代において、スマホどころか携帯すら持っていない僕が、その理由をつらつらと綴ります。

 

 

僕とガラケーの歴史

 

今でこそ携帯電話を持っていない僕ですが、ずっと携帯電話を持っていないわけではありません。初めて携帯電話を持ったのは、確か高校1年生のとき(2004年)。周囲の友達はみんな中2くらいから持っていたので、周りに比べるとかなり遅めの携帯デビューでした。

 

当時の携帯は、もちろんガラケースマホなんてものはまだありません。用途は友達とのメールとか、写メとか(なつかしい)、ちょっとゲームとか。この頃はたぶん使用頻度は平均的で、それなりに使っていたと思います。

 

大学に入ってすぐくらい(2008年くらい)で、ちょうどiPhoneが世間に出回るようになり、周囲にもiPhone所持者がチラチラと現れるようになりました。それでも僕はもちろんガラケーこの頃から携帯は友達との電話、時々メールくらいになり、使用頻度はだいぶ減ります。

 

そしてこのあと一度携帯を解約し、海外留学。日本に帰ってきた2012年には、完全にスマホが主流となっていました!しかし、帰国して携帯ショップに足を運んだ僕は、ここでも迷わずガラケーを購入!当時から、電話とメールさえできれば携帯は十分と思っていました。

 

そしてそして、大卒後、一般企業へ就職。この頃にはすっかりガラケーは珍しいものとなり、周囲から「なんでまだガラケーなの?」と聞かれるようになります。会社の同期でもガラケーを持っているのは60人中僕1人だけでした。

 

 

ガラケー大好きの僕が、禁断のスマホデビュー

 

会社に入ってからは、すっかり「ガラケーキャラ」として定着した僕。そんな僕も思わぬ形でスマホデビューすることとなってしまいました。それが2014年。会社から渡された社用携帯が、なんとiPhoneだったのです。

 

思わぬ形で持ってしまったスマホ。使いこなす気は元からあまりなかったのですが、常にネットにつながる「便利さ」もちょっとはここで感じることができました。

 

しかしそれ以上に感じたのが、「繋がっていることへの恐怖」タン一つですぐにインターネットに繋がることは、中毒性がかなり高いし、電車でもみんなスマホばっか見てる。そして社用携帯ということもあって、電話はしょっちゅう。休日にもお構いなしに電話は鳴り、この頃「繋がらない権利」を究極に求めていました。

 

あ、ちなみにこの頃も私用の携帯はもちろんガラケー。用途は「これから家に帰る」という妻への電話。ほぼそれのみ。この頃からもう携帯も持たなくていいかなと意識し始めます。

 

 

28歳の僕は、なぜスマホを持たないのか?

 

ではなぜそこまでスマホを持たないことに固執しているのか?みなさんの疑問はここだと思います。

 

理由はいくつかあるのですが、一言で言うと先ほども述べた「常に繋がっていることへの恐怖」です。

 

インターネットにすぐアクセスできることは便利なことかもしれませんが、それって本当に今すぐ調べなきゃいけないことでしょうか?おそらく電車に乗ったからと惰性でスマホをいじる人が9割だと思います。

 

僕の場合、そんなすぐに調べなきゃいけないことなんてないし、もしあればガラケーからネットにつなぎます。それでだめなら鞄からタブレットWiFiをゴソゴソと取り出して、その場で調べることができます。これで十分です。

 

さらにカフェとかレストランとかで、同じ席に座っているのにお互いスマホをいじっている友達・カップル・夫婦とかもよく見かけます。お互いスマホタイムなんでしょうが、「え、何しにきたの?」というのが正直な意見です。終始スマホをいじって、ちょっと時間がたったら「そろそろ行く?」とかいう人たち。もうここまでくると一緒にいる必要ってないですよね?

 

 

28歳の僕は、なぜLINEをやらないのか?

 

そんな僕は、もちろんLINEもやってません。「LINEやってないでどうやって友だちと連絡取るの?」と聞かれますが、「メールとかFacebookとかで」。それだけです。当たり前ですが媒体なんていくらでもあります。必要なら手紙だって出します。

 

「LINEやってないと友達減らない?」なんてすっとぼけた質問を受けたこともありますが、正直LINEをやっていないからという理由で縁を切るような友達なら、それはもう友達ではありません。仲のいい友達とは今だって連絡を取り合っているし、そんな仲良くない友達とLINEで常に繋がっていなきゃいけないことの方が僕にとってはよっぽど不便です。

 

よく成田とかで帰国したばかりの人たちがスマホいじって、「やばい、LINE何百件もたまってる」とか言いながら、帰りの電車で友達同士ひたすらLINEをしている光景を見かけますが、(僕らはこれを勝手に「成田LINE族」と呼んでいます。)これは正直かなり異様な光景だと思います。そんなに繋がってなきゃだめですか?というかさっきまで一緒に旅行していた友達と一言もしゃべってないけど?中には海外に行ってまでひたすらLINEばっかしているLINE中毒者を見ることもありますが、ここまでくると本当に気の毒に思えます。海外の文化とか雰囲気に触れに来たんじゃないの?って。

 

 

完全に携帯を持たない暮らしのメリット

 

脱サラの際にもちろんスマホを会社に返却し、それからは私用のガラケーだけを持っていた僕。かつて妻との連絡に使っていた電話も、この頃から一緒にいる時間がほとんどになったので、もう携帯自体を使わなくなりました。この頃になると、月々の電話代はほぼ基本料金の2000円台。

 

そして2016年の6月、このブログでもお伝えしてきた「中南米ぶらり旅」の際に、もちろん携帯を解約していきました。今年の1月に帰国してからは、かれこれ半年、携帯を持たない暮らしを実践しています。

 

携帯がないことによって、不便だなーと感じたことは、今のところほぼありません。電話番号が必須項目のサイトとかで、自宅の番号をいれなきゃいけないことくらいですかね。先ほども触れましたが、家族や友人との連絡は、メールとかFacebookで十分にとれます。

 

そんなちょっとした不便よりも、「繋がっていない自由」を享受することのほうが圧倒的に多いです。繋がることから解放されると、自分の時間をしっかりと持つことができます。スマホがない分、ほかに街の風景とかいろんなものを眺めるので、なんというか「自分の感覚のもとに生きている」感が強いです。

 

そんな感じで、「自分を生きる」ことができるのが、携帯を持たない暮らしをしてわかった、携帯を持たないメリットです!海外では最近「つながらない権利」というのが注目されていますが、まさにそれの究極版がこれです(笑)

 

 

「脱スマホ」の暮らし、目指してみませんか?

 

時代とは完全に逆行している暮らしなので、ちょっと勇気の要ることかもしれませんが、持たないことの自由や爽快感は格別です。思い切って断捨離するごとく携帯電話を持たない暮らしを始めてみるというのも、結構すてきですよ!

 

いきなりはさすがに・・・という方も、スマホの使用GBを自分なりに制限してみたり、携帯に触れない日を作ってみたり、工夫のしようはたくさん!ちょっとずつ携帯離れをして、最終的に「脱スマホ」を目指していくというのもありでしょう。

 

便利すぎるがゆえに、たくさんのものを犠牲にするこのご時世。自分にとって何が本当に大事なのかを考えることが求められる時代でもあります。スマホとの付き合い方に悩んでいる方は、こんな暮らしもよかったら参考にしてみてくださいね!

 

 

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今日もへそ曲がりは我が道を行く!@マチュピチュへと続く「スタンド・バイ・ミー」ロード